Cage-Fukuiku-084-033


それと、それは別の話


「だめだ」
「なんでだ」
「なんてでもだ」
 埒が明かない。会話も進まない。
 資源がないこと自体はよく知ってる。自分が中傷まで進んでおり胸元や腿の怪我がいつまでも手入れされないために血が止まらず、それでも他の刀たちの手入れを優先させていたせいで自分はだいぶ刃がかけてしまっていた。
 でも自分は極、霊力異常も相まって霊力は足りてる上に体力もあり、折れることはまだ遠く、どうしても他の刀たちの手当を優先して欲しく、薬研が自分を追いかける度に本丸でも高確率で変な空間へ繋がる箇所まで逃げ回り、追い詰められないまま、何度も逃げ切れた。

 そもそもそこまで資源が無くなることがないこの本丸で、なぜこんなに資源がないかと言うと資源の置いてあった倉庫がまさかの異次元へつながってしまい、進入禁止になってしまったことによる資源の突然の消失によるものである。
 その時の第一部隊は運悪く検非違使に遭遇し、本丸随一の強さを誇る薬研を連れて行っていなかったのがまだ救いにはなったが、本歌、今剣、長谷部、鯰尾、蛍丸、そして俺がボロボロになって帰ってきた直後に起こったのである。
 本歌と俺、長谷部は中傷で今剣、鯰尾、蛍丸が重傷であり、先にこの3振りを優先して押し込めたはいいものの、長谷部と本歌に手入れ部屋に押し込まれそうになり、俺の体の強度の問題で資源をあまりに使いかねんと思い、長谷部を先に押し込め、手入れ部屋がいっぱいになった。

 残りの長義を押し込めれば俺はそれが終わるまで待てばいい話なのだ。
だが他の刀が万が一重傷で帰ってきたら手当が出来ぬ本丸ではダメなのだ。
 ならば俺はまだ体力もあるのだから手入れ部屋に入ってはいけない。資源を別の部屋に貯め直している今、俺の体で資源を使う訳には行かない。

 本歌は体力的にも俺よりも少ないので、たとえ俺よりも軽くとも本歌を押し込めなければいけない。
本歌が折れてしまったら俺が後悔する。

 それで手入れ部屋に、次はあんたが入るんだぞ、などと言えば本歌が怒り俺の意見を突っ撥ねる。
俺はあんたの方が心配なので入って欲しいだけなのだ。言葉が足りないから怒っているのかもしれない。
 長谷部が俺が怪力で布団へと押し込むのを後で覚えてろと怒っていたのが頭によぎるが、こういうことになるなら長谷部を残して本歌を先に押し込めておけばよかったかもしれない。怒っている本歌は厄介なのだ。

「本歌は体力的にも俺よりも重傷になりやすいだろう、だからあんたが次に入るんだぞ」
「不可だ不可、俺は軽傷が進んだぐらいの中傷だよ。お前は重傷よりの中傷だろう。部隊を指揮していた俺が先に入れと言っているのだからお前が先に入るんだ」
「なんでだ」
「長谷部にも薬研にも俺はそう言ったのにお前は逃げ回った挙句、長谷部を強引に布団に押し込んだだろう。俺は長谷部のように力で押し込まれなんかしないよ」
「そういえばあの時逃げ回れたと思ったら変な空間からあんたの手が伸びてきて引き摺られるなんて思わなかったんだが」

 そう、薬研からは逃げきれたのだ。

 薬研からは逃げ切り、鯰尾が出てくるまで俺は密かに狭間にいようと思った。
 狭間から長義の腕がぐわっと伸びてきて俺の服を掴んでその空間に引き摺るなんて誰が思うだろうか。

「薬研から連絡きたからちょっと政府権限の術式使っただけだよ。前に調べたらお前は何回か自らあの狭間に迷い込んだってのをわざわざ報告書としてあげてくれていたから入口が探しやすくてよかった」
「まさか過去の俺が、方向音痴で俺を探せないと踏んでたあんたを助けるとは思わなかった」
「それに、そんな状態で変な空間に落ちたらどうするつもりだったのかな。折れるかもしれないと言う可能性を考えなかったのかお前は」

 ああご立腹である。

 本歌は目の前に置いてある非常用にいつも自分の部屋に沢山置いてあるせんべいをバリバリ食いながら怒ってくる。
 せんべいの香ばしい醤油の香りが場を和ませてくるが、本歌は怒っているのだ。
 ただ、腹が減りすぎていて尚且つ体にボコボコと傷のついた状態のこの本歌は俺の有り余る霊力を勝手に食い始めてしまうらしい。
 俺は別に有り余って怪力すぎるので食うのは構わんが、などと言えばこの!!!と言葉にならない怒りを込めていきなり俺の前で煎餅をバリボリと食われてしまったら俺だって耐えきれず笑ってしまう。
せめてあんぱんぐらい置いておけばもぎもぎとパンを食いながら怒る本歌でまだ笑いがおきなかったかもしれないのに。想像するとリスのようだが。

 笑いすぎて胸の傷がまた開いてしまい痛すぎて顔をしかめるとこの心配性な本歌様はすぐ手に持った煎餅を机に置いて俺の顔色を伺ってくるため、頼むから落ち着いて美味しく煎餅を食らっていてくれとしか言えない。
「俺としては、腹が減っているのなら余計、手入れ部屋に入って欲しいんだがな」
「俺の腹の減りが酷いのはいつもの事だろう…とにかく笑わせてすまなかったね、お互い胸に傷があるから笑うと痛いのを忘れていたよ」
「あんたの胸の傷血は止まったか」
 ばり、とせんべいを半分に割り、それをもう半分に割り口に放り込んでもぐもぐしている本歌がこく、と首を振る。
 醤油味で海苔の巻かれた大きめの丸い煎餅をあまりにも美味しそうに食べるのだ。
 もう何枚食ったかわからんが、ばり、と食っていく顔はご立腹であり、ご立腹ではあるが存外顔がいい。



 もうそろそろ茶が無くなりそうだな。と思い茶を注いでやろうと彼の紋の書かれた薄水色の湯のみに手をかけた瞬間、指で彼の湯のみを破裂させてしまった。

 その瞬間俺の頭上には重傷という文字が浮かぶ。

 しまった。自分は今、主の霊力が染み込んでいる力を抑えるハチマキや内番用の布を身につけていないので主の霊力を抑える力が働いてなく、怪力なのだ。
 そのせいで先程逃げてる時にも床をぶち抜いたことを今になって思い出し。直すのを忘れていた。歌仙に怒られてしまう。
 何よりも本歌の湯のみを割ってしまったということに焦り、本歌を見れば驚いて俺を見ている。

「…すまん、こないだあんたのガラスのコップを割ったのに今度はあんたの湯のみまで木製に変えてしまうな…」
 破片は刺さらなかっただろうか、大丈夫だっただろうか、などと焦ってはいたが、湯飲みを割ったことに気が逸れてしまい、心配する言葉より先に謝罪する言葉が出てしまった。

「……いや、好都合だよ」

 本歌は湯呑みではなく俺の頭上を見ている。
 俺は湯呑みの心配をしているのだが、俺の頭に破片でも刺さっているのだろうか。


 それとも今から俺の頭にトリプルのアイスクリームを自分の素手で作る予定なのだろうか。


「…あんた俺とお揃いになるんだぞ」
「俺は今は湯のみの話はしてないからね。次はお前が手入れ部屋確定になっているから入ってもらうよ」
「なんでだあんたが…あっ」

 そう、俺の頭上に重傷が浮かんだ。
 本歌は中傷、俺は重傷である。
 目の前の本歌は口を釣り上げて目を細めて笑っている。笑顔があまりにも怖い。
 パンケーキを食べたくなくて走った時に後ろから引っ掴まれた時に見た笑顔と同じぐらいにっこりと笑っている。
「…わかった。でも湯のみはすまん。手入れ終わったら万事屋に買いに行ってくる」
「湯のみは猫殺しくんの湯のみ借りて過ごすから何時でもいいから、次は絶対お前が入るんだよ。そうしてくれなきゃ俺が困るんだよ国広の」
「俺としてはあんたが先に入ってくれなきゃ心配なんだが…」
「不可」

 手を伸ばして煎餅を取りバキバキと割って破片を口の中に放り込む本歌に自分の湯のみに湯を注いで渡すと受け取り、ずず、と音を立てて啜る。
 茶を一通り啜った後に渡した俺の湯のみをじいと眺めてからお揃いか…なとど呟き手元に置いて眺めている。

「写しとお揃いは嫌だろうからやはり南泉とお揃いに出来るよう探して…」
「俺は猫殺しくんとのお揃いは嫌、かな」
 その木製で俺の紋の彫られた湯呑みを持ち上げじっくりと眺めてから俺の紋をなぞっている。
 自分が怪力で自分の陶器製の湯呑みは本丸が始まった当初に3度連続で薬研のものと一緒に割ってしまっているので俺のものと薬研のものは木製に変わっている。
 ちなみに1代目の木製の湯呑みは俺が不慮の事故でぶった切ってしまった為、俺のこの木製の湯飲みも2代目である。
 そして最近歌仙や長谷部から湯呑み切と言われていることに気づいた。解せない。

「…じゃああんたの好きなデザインにしよう。何がいいんだ」
「お前とお揃いのこれがいい。これなら丈夫でお前に砕かれなくて済む」

 ずい、と湯呑みを返される。
 茶が欲しいのであろう彼の為に返された湯呑みに茶を注ぐとひら、と桜の花びらが舞い、茶へと落ち、解けるように消える。

 ふと顔をあげれば顔の赤い本歌からふわ、と桜が飛んでくるので今食った煎餅がそんなに美味かったのだろうかなどと思いながら湯のみを差し出すと目を見開いてぱぱぱ、と手を振って何事もなかったかのようにまた湯呑みを受け取ってくれる。
 怒ってはいないようでよかった、と思い、どうせ傷ついているのだから、と素手で砕いてしまった湯のみの破片を拾っているとす、と立ち上がった本歌が俺の真横に座り手を退けさせる。

「割ったのは俺だぞ、あんたは煎餅食って休んでいてくれ」
「素手は危ない。後で手入れが終わったらほうきを使うから手を退けろ。大体お前の手入れにもっと資源がいるようになったら俺が次に入れなくなるだろう。俺だって胸やら腿が痛いんでね」
「じゃああんたが先に」

「頼むから、先に入って欲しい」

 本歌が俺の手を掴んでき、と目を細める。
 宥めるような声色で俺の中に落とすその声が染み渡る。
 目を逸らせず、藍色の綺麗な瞳を眺めていると本歌がはあ、とため息をついた。

「朝が来て、お前が居なくなっていたら、と思うと胸が締め付けられる」

 泣きそうな声色で、笑うあんたがあまりにも綺麗で、綺麗だが本歌を悲しませたくなく、手を伸ばせば、触れられる。

 目の前にいる本歌には何が見えているのだろうか。


「ほんか、あの…」

 遠くからドタバタと走ってくる足音が聞こえ、うわっここにあながと今剣の高い声が響き鯰尾の低い叫び声がする。
 俺が開けた穴に落ちてしまったらしい鯰尾が直しておいてくださいよおと叫んでいる。誠に申し訳ないことをした。
 この本丸で床に穴を開けるのは自分ぐらいしかいないので間違いなく自分への訴えである。

「もう、俺前にも床直しておいてくださいって言ったじゃないですか!山姥切さんたち、2つお布団空きましたよ!」
 お先でした、と無事抜け出せたのであろう鯰尾が部屋の襖を開く。
 俺が思わず本歌から距離をとったと同時に本歌もものすごい機動で元の位置に戻り手に取った煎餅にばりっとかぶりついている。
 機動の速さには感動するが、何も一瞬でせんべい食わんでもいいだろう。と俺が吹き出すと笑うなと言わんばかりに本歌がぎろりと理不尽に睨んでくる。どうしてこの一瞬で煎餅を食べたのか。

「おさきありがとうございました!ていれべやはいってくださーい」
 横からひょこり、と顔をのぞかせる今剣が不自然なその瞬間をみてにまーと笑い、うちのやまんばぎりさんたちはなかがよくていいですなどといい笑顔をしてくる。
 かあ、と顔を赤くした本歌が行くよ偽物くん、などと言いながら立ち上がり、鯰尾と今剣に治ってよかったね、と言いながら部屋から出ていくのを追うように立ち上がると身体がふらつき、そのまま畳に手を付いた。

「あっやまんばぎりさん、だいじょうぶですか。あれ?やまんばきりさん、じゅうしょうでしたっけ…」
 すまない、と言えばむちゃはだめです、と今剣がその細い腕を伸ばして体を支えてくれる。
「俺と今剣で運べるかな…」
「ぼく岩融よんできましょうか」
「いい、いい、歩ける、すまん、だいじょうぶだ」

 鯰尾と今剣が手を伸ばして俺を支えようとしてくるのが申し訳なく感じ、これでは初期刀失格な気がしてならない。
 確かにこの2振りは薬研の次に長い付き合いなのだが、いずれにせよ頼りすぎているので申し訳ないのだ。

「ああ、すまない迷子になるから先を歩いてくれないかくにひ…あ」

 焦ったように戻ってきた本歌が俺が立ち上がるとふらつくことに気がついたのか、自分を丸太のように抱える。
 この個体は怪力ではないので同じような背丈の刀を抱えるのは大変だと思うのだが、軽く抱えてくれている。
「すまなかった君は重傷だったね」
「恥ずかしいのはわかるが丸太はやめてくれあんたの肩が俺の腹にくい込んで痛い」

 軽々と抱えられているものの、重いだろうに、と思いながら本歌を見ると本歌の顔は見えないものの耳は赤い。照れ隠しで俺から自分の顔を見えないように抱えたのであろう彼がニコニコ笑う今剣と鯰尾に笑わないでくれないかな…などと言っている。
 そのままこっちですよ、と今剣と鯰尾に手引きされながら手入れ部屋まで歩き、扉を開けば薬研が待ってたぜ、と声を上げた。

 布団へとゆっくり下ろされ、近くに来た薬研を見上げればもう逃がさんぞと低く呟いて眼鏡を上へ押し上げ、俺の肩をひっつかんでくる。
 力の入った手が痛すぎてハイ、としか言えず、頭上の画面の数字がゼロの状態から動き出す。

「にしてもなんで重傷になったんだ旦那、俺は長谷部から中傷具合は旦那がいちばん酷いって聞いてたけどまさか重傷だとは思ってなかったぞ」
「本歌の湯のみを指で割ったら破片が飛んできて重傷に…」
「仲良く茶飲んで待ってたのはえらいが、せめてこないだ新しく買ったなかなか割れない器で茶飲んでいてくれよな…」

 ご最もな意見を呟いてため息をつかれ、なんとも言えず空を見ると手入れ時間が決まったのか頭上の画面に浮かぶ。
「どうせ、旦那のことだからそんなことで逃げ回ってたんだと思ってたさ。みんなこの手入れ部屋の為に沢山遠征まわってくれてるから心配すんな」
 練度の問題と重傷の度合いからか本家から帰ってきてすぐに手入れ部屋にぶちこまれる赤疲労重傷の時並の数字が並んでおり、資源がないのに…などと呟けばそんなもん気にするなと強い力でタオルを頭に置かれる。

「薬研、頼むからもう少し力を緩めてくれないかな、何もそんなに強く巻かなくても」
 ぎっちと包帯が巻かれる音がする。片足を上げた状態の本歌の呻き声とフン、と薬研が力を入れる音が同時に聞こえてくる。

「旦那の足、血が止まんねえんだ耐えてくれ。似た身長のやつ肩で担いでくるからかっぴらくんだぞ。旦那は怪力ではないんだからちゃんと考えて担げ」
「俺のバグが機動でなく怪力だったらよかったんだけどね」
 しっかりと巻かれた包帯の上からばち、と叩かれ痛い、と呻く本歌を眺めていると、横目で俺を見て、顔を赤くして首を振る。
 小さく、間に合ってよかった、と呟いたのが聞こえた。

 手伝い札もなく、ゆっくりと時間が過ぎる。
 隣の部屋の長谷部が全快したと同時に扉を開け、頭上に浮かんだモニターの時間を目を細めて眺めたあと、俺に向かって、俺が捕まえるまでもなかったか。と言い、主には俺からも報告するぞ、と隣で眠りこけた本歌に声をかけると本歌は目を開くことなく手を挙げる。

 そうして時間が過ぎていくのをゆっくりすぎるのをただ横になり過ごすのはあまりにも退屈で、眠れもせず。
ただ自分の体が修復されていくのを感じる。

 時々本歌を見ると目が合う気もするが、本歌は布団に入るとものの数分で眠る癖があり、うっすらと時々目を開くものの、そのまま音も立てずと寝てしまう。
 藍色の瞳が俺を一瞬見てはほっとしたのかすぐ閉じてしまうのだ。
 自分の本歌様は俺以上によく食べよく眠るが、そういえばまともに本歌の眠る顔を見たのは初めてのような気がする。
 
眺めていると気がつけば時間はたっているし、俺も寝ているのかふわふわ、と覚醒すると時間は最後に見た時よりも進んでいる。



 そうしてうとうとと夢と現を繰り返して俺が夢の中にいる真夜中の頃、横に眠っていたであろう彼が俺の体を揺さぶっている。
「国広の、腹は空かないかな、少し悪いことをしよう」
 腹が減ったのであろう本歌の腹からは音が聞こえる。腹が減ると誰かがいないと迷子になって野垂れ死ぬかもしれない方向音痴な彼のことだ。
 しかし俺は腹が減っていないしもう少し寝たい。

「…俺はあんまり空いてないぞ。蛍丸を誘った方がいいんじゃないか」
「蛍丸はさっき手入れが終わって出ていったよ。手入れ部屋にいるのは俺とお前だけ。薬研は今風呂に向かってるから帰ってこない。腹が空いてしまって眠れないんでお前を誘ってるのだけど」

「…あんたの部屋にそういえばカップ麺が山積みしてあったな」
「そう、報告書書いてる時によく啜ってるから常備してあるんだけど、それを食べようって話をだね」

 彼の腹の虫が大合唱している。真剣に俺と食べ物を食べたいと思っている彼が必死に俺を起き上がらせようと思っていると思うと面白くて顔が綻びそうになってくるが眠いものは眠い。
 そういえば、俺は手入れ部屋に入るたびに薬研に怒られるとを思い出した。これで言い訳ができる。

「俺は手入れ中にここから出て薬研にしこたま怒られたことがあるからもう4回も出れないぞ」

「…3回も同じことで薬研に怒られてるのかなお前は」
「怒った薬研は怖いんだ。本丸1最強の刀を怒らせてはいけない」

 はらぺこな本歌さんへの説得ができたのであろう。
 もぞもぞと布団に潜れば、はあ、そうだよね、と言いながら布団へと戻る本歌が何故か不憫でならず、俺の目も冴えてしまい、本歌が静かに寝息を立て始めたところで静かに起き上がると部屋の扉に手をかける。

 まだ治らない箇所がずきん、と痛みはするが歩けないほどでは無いので、彼が眠ってるすきに食堂まで行ってなにか作ろうかと思った。
 そう、思って扉に手をかけると薬研が扉を開ける。

 驚いたように俺を見る薬研に俺は言葉が出ず、説明をしようにも言葉が出ない。
 どう説明したらいいのだろうか、いや、本歌が恥ずかしいだろうからやめておかねば。

「旦那、どうした、なんかあったか」
「いや、その」

「旦那、その体で動き回って万が一、この本丸の資材と同じように時空の狭間みたいなとこに迷ったらどうするんだ。頼むから寝てろと俺は何度頼めばいいんだ、ん?旦那」
「…はい」

 布団に戻されれば本歌がうっすら目を開けそういう事か、とふふ、と笑うのであんたのせいだぞ笑うなと睨めば、本歌が薬研、と声を上げる。

「どうした旦那、目が覚めたか。すまん、声が大きかったか」
「いやね、そいつが立ってるのは俺が腹減ったって言ったからだよ、そいつが悪いんじゃないんだ」
「ああ、そうかすまん、旦那は大食いだったな。食堂から持ってきた量では足りんかったか」
「少しばかり足りなくてね」

 じゃあ少し悪いことすっか、などと言いながら棚を開く音がする。
 ざざ、と何かが滑る音が聞こえたと思えば、薬研が部屋に置いている湯沸かし器に水を注ぐ音がする。
 心地よい音にうとうと、と眠り始めると本歌の声が遠くで聞こえたような気がした。

「旦那少食だからかさっきの粥を少し残しててな」

 ずる、と音を立てて麺を頬張る。
 時計の針が子を過ぎ丑になる頃。
 差し出されたのはうどんのカップ麺。ぷかりと大きな油揚げが浮いており、食欲を誘う。
 薬研は蕎麦。もう一つフタがあいてないものはラーメンと書かれていた。少しサイズが小さめなので恐らくそれを眠りこけた写しが食べるためのものにしようとしていたのだろう。

「まあこいつは食べないからね…だから心配になるのだけどね」
「まあ…それはそうだ。俺も昔からこの旦那の食わなさには手を焼いてきた」

 油揚げを口に含めば汁が口の中に広がる。甘いのに塩気のある汁があまりにも美味く、ほわ、と顔が緩めば旦那は食うのが好きだな、と笑う。

「薬研は3度ほど手入れ中に部屋から出たそいつを怒ってるんだろう。脱走犯かなにかなのかな」
「いや、俺が付きっきりで看病してて俺がつい、布団の真横で眠りこけた瞬間に部屋から出てわざわざ俺に疲れてるだろうから、などと言いながら熱々の茶入れてきたんだ。3回ともそれで…」
 優しくて不器用なやつがそんなことをするから怒ったのではなくちゃんと寝てろと釘を指したのだ、と笑う薬研に、申し訳なさを感じることしかない。

「だからこの部屋には俺用の湯沸かしの機械があってだな… 」
「なるほどね…」

「旦那は優しいからな、優しすぎるから自分を犠牲にすることばっか考えるんだよなあ」
 薬研はずう、と汁を啜り、ん、ごちそーさん。と手を合わせる。
 ほくほく、とうどんを啜ると、ゆっくり食ってくれや、と薬研がにか、と笑う。

 小腹が満たされて横になり、ふと横に眠るそいつの顔を見るとそいつが穏やかに眠っている。
 開けば意思の強い翠の瞳を持つうちの写しはそれを閉じれば自分よりも童顔で、昔見た時とあまりに変わりない。
 金の髪に透ける翠が綺麗なお前が眠りを貪る姿に安心して、俺のまぶたも重くなる。

 起きたら、また国広を連れて食堂へ行って朝ごはんを食べよう。

 こいつは味噌汁ぐらいは食ってくれるだろうか。