Cage-Fukuiku-084-032


わからん。どれがいいんだ


‪ 俺は方向音痴では無いのでこの万事屋の横の甘味処には迷わず来れる。‬本歌はここのラムネが好きなのだが誰か一緒でないとここには来れない、と悔しそうに言っていた。‬

‪ うちの本歌は方向音痴である。‬演練場でさえ高確率で迷子になり、他の本丸の長義に君のところの俺だろう、と連れられて戻ってくる。‬

‪ 彼自身もその位方向音痴なのは分かっているので、常に自分の紋の入った位置を知らせる機能の入った端末を持っている。‬
‪ 俺の方に親機があるので彼が迷子になった時は迷わず発信を飛ばせと本人に伝えてあるので、迷路御殿と言われるうちの本丸で迷子になった時でも飛ばしてくる。‬
‪ 記憶力はいいがどうやら自分がいる場所の把握ができないらしい。‬

‪ そんな本歌は今日は燭台切のいる第3部隊に混じって遠征中である。‬
‪ 俺が普段持っている親機を部隊長である燭台切に渡してあるので、今日は迷子になっても祖である燭台切が探してくれるので幾分か安心はあるだろう。‬

‪ そもそも、なぜ俺が普段親機を持っているかと言うと、何故か本人に渡されたからである。‬
‪ 彼が特命の任務を終えてから報酬としてこの本丸に正式に来た時に近侍をしていた俺に、ここの初期刀は偽物くんなのだろう、と言って握らせてきたのがそれだった。‬

‪ 主によれば彼は方向音痴で場所の把握をしようとすると霊力と体力を消費しすぎる傾向にあり、どうやら場所の把握をしようとすれば腹が減っているときだとノイズが混じってできないという霊力異常を抱えているという。‬
‪ 味覚にノイズの入る俺と似たような本科の山姥切が来たな、と思ったのを思い出した。‬

‪ それでなぜ、近侍で初期刀である俺に渡して来たかと言うのは本人に聞いても、何となく…としか言わず、言葉を濁すばかりで教えてくれない。‬

‪ 教えてはくれないがうちの本歌は最初から演練で見るような他の本丸の長義と違いものすごく穏やかであり、俺のことはその時に偽物くんと呼んだきりで、そのあとはずっと国広の、と呼ぶようになった。‬
‪ それも経緯はあまりよく分からないが、初対面の時に俺が写しは偽物では、と言おうとしたところでご本人がよく考えたら写しは偽物じゃ無いな…、と真顔で呟いていたのだ。

‪ まるで俺みたいなこと言うな、と思ってそのまま聞いていたところ、真顔で悩んでいた彼がじゃあ国広のでいい、ね、山国だとお前の兄弟と被るし、などと名案が閃いたぞと言わんばかりのいい笑顔で言うので、あんたがそれでいいなら…と言ったことを思い出した。‬
 そのあと国広にのを付けたのはお前の兄弟と…被るから…何となく…と言っていた。俺は別にこだわりなど無いのに。‬

‪ でもよく考えて欲しい、俺の兄弟は山伏と堀川、俺含めると国広は三振りもいる。‬
‪ 山姥切は二振りだがあっちが本科なので山姥切の名はあっちに譲るとして、なんだったら俺はなぜか加州とか不動にはまんばちゃんと言われているのでもう何と呼ばれたらいいのか分からない。‬
 なんにせよ被らないことがないのだ。

‪ だが、うちのやや高慢が欠けている本歌さんは俺を国広のと呼ぶ、と言ったきり、本当に偽物くんとは人前以外では呼ばなくなったのだ。‬
‪なので外で2振りでいる時やこの本丸にいる時は基本的に俺のことはくにひろのと呼ぶ。‬
‪別に偽物でも何でも良かったのだが。‬

‪ ところで、俺が何に悩んでいるか、と言うとこの甘味処のどのお菓子だと、彼が喜ぶかというところだ。‬
‪この間、彼のラムネを不本意にも食い尽くしてしまったので、その詫びとしてはなんだが、菓子を1つ渡せぬものかとここにやってきたのは良かった。‬


俺は1振りでここまでやってきたのだ。‬
俺は1振で。‬



 つまりはその、味覚に自信のない俺が一振で来てもどれが美味しいのか全くわからん。‬

‪ だめだ、こういう時こそあいつの好みをわかっていそうな南泉を連れてくればよかった。‬来てから後悔しても遅い。‬

‪ 食わせてくれたラムネを選べばいいんだろうか、いや、それだと驚きも何も無い…‬
‪ そもそもうちの本歌は妙にグルメなので選び間違えれば、こないだ彼と一緒に見た映画の黄色いネズミのようなぐしゃり、とした顔を見てしまうかもしれない。‬
‪ 表情が俺よりも豊かな本歌は人当たりよく美味しい、とは言うが味覚が正直で顔がきゅっと歪む時がある‬。
 歪んだ顔も大層造形のいい面をしているので、顔がいいなあんた、で終わるのだが、人当たりの良い彼は滅多に正直においしくないとは言わないので、申し訳なくなるのだ。
 あんた他の個体のようにおいしくないってはっきり言えばいいんじゃないか、と言うと食べれなくはないし腹は満たされるんだよ!と力説する。そのくらい良いやつなんだうちの本歌は。

‪ これは選び間違いはいけないと思い、慎重に選んでいるが、どれもきっと砂糖の甘い味。
 味見しても俺は甘いな、これが美味いやつなのかとしか思えんから困ったとしかいいようがない。‬
‪ そうやってじっと見ていて、背後に気配を感じるのが遅くなってしまった。‬



「極、何してる、こんなとこで」‬
‪ ぽん、肩を叩かれ驚いておもむろに本体の刀に手をかければ後ろには手首に包帯を巻いた小柄で布を被った極める前の個体の山姥切国広がいる。‬

‪ この個体は別の本丸の、傷だらけになった状態に陥り、また、霊力が非常に足りないということで修復が難しいためか一時期うちの本丸で預かっていたことのある個体である。‬
‪ こいつは未だ、本丸の関係で極めていないので俺のことは極、と呼んでいたことを思い出した。‬
「はこにわの。今日は1人で出歩いてるのか。危ないだろう」

 この96乙番、通称『はこにわ』の山姥切国広は個体にしては少し小さめの体をしている。一振で出歩くのは危ない、と思うほどに彼はよく怪我をする。
 バグでは無いらしいのだが、小柄でよく怪我をする個体なのでバグ持ちの宝石吐きの俺以上に危なっかしい個体である。
 自分の別個体をこんなに心配してしまうのは、こいつを預かっている時にこいつがぼろぼろの体であまりにも頑張り、怪力で体力のある俺に合わせて動いてひっくり返ったのを見ているからだろう。

 この個体はただで預かってもらう上に修復してもらうのは悪いから、などと言って俺と一緒に畑当番をしたりしていた。そもそも俺は体力はありバグで怪力なので重たいものを持っても何も思わないものの、とある理由で霊力尽きてボロボロの体を癒すためにうちの本丸に来ていたこいつはなんとその俺に引っ付いて動いてたので俺と同じ動きをしてひっくり返って3日ほど寝込んだのだ。
 その後で薬研には『旦那は他の個体より霊力で力補えてるからなんも食わんくても動けるが、このよその本丸の旦那はちゃんと食わんとひっくり返るから気をつけてやってくれ』と言われたので、ほかの山姥切国広は体はそんなに強いほうじゃないんだな、と学習したのである。
 ただそれをうちの本歌に言えば本歌は『俺にしたらお前だってそんなに強い方じゃないと思うけどね』などと言っていた。俺はよく意味がわからなかったが。



「いや、今日は2振り目の本歌と一緒なんだ。たまたま甘味処のどら焼きが欲しくて入って来たらあんたが居たから声をかけてしまった」
「ああ、2振り目の。で、その手首はどうしたんだ」

「…この偽物くんはまだよたよた歩くから荷物もって転んだんだ。それでもさっき手当したんだよ」

 ぬ、と大量に荷物抱えたはこにわの本丸の2振り目のバグのない…と思われる山姥切長義が担いだコメの袋の横から顔を出した。
 はこにわの本丸の1振り目の長義はとんでもないバグを抱えた刀であり、この小さい個体の山姥切国広に固執していた。
 その固執によりこの布の山姥切国広(小柄)は戦えぬほど酷い状態になっていて、元から調薬の得意であるうちの薬研の薬を定期的に使って直せぬものか、ということで、丁度この布の写しの体から溜まった1振り目の山姥切長義の霊力を吸い出せる能力を持つ国広の個体である俺がいるうちに預けられたのが始まりであった。

 元々審神者同士が仲が良い本丸であり、向こうの初期刀である加州清光と俺は面識があり、しょっちゅう怪我する国広の個体がいるという話は聞いていた。
 しかしいざ本丸に来てから身体を薬研にチェックしてもらっている所に同席していたが、俺が本家から帰ってきて間もない時の赤疲労状態の体よりも酷い状態の俺を見たのが初めてだった薬研がうちの山姥切の長義の旦那見習えって頭をわしゃわしゃと掻きむしっていた。

 その彼から少しずつ中に溜め込まされた淀んだ霊力を吸い出してやると薄くなった髪色は段々と自分と同じ金色に戻っていくのが見えた。
 その布の本丸では、まあ一悶着があったようではあるが、この話は今はやめておこうと思う。


 この後ろからぬるりと顔をのぞかせる2振り目の山姥切長義は3度目ぐらいのこの小さな個体を本丸で預かるというときに彼を連れてきたのが彼だった。
 その時に初めて会ったのだが、この個体はうちの方向音痴大食い甘党本歌のような穏やかな個体である。

「すまない本歌、ここのどら焼きと最中が主と清光が好きなんだ。あとラムネは薬研が好きで、買っていってやりたいんだ」
「まあ、いいんじゃないかな、本丸引越し作業で2振りとも大量に送られてきた認可の書類の整理をしていて忙しい訳だし…まあ、お詫びもかねて、それは俺が出そうね」
「謝るのはあんたじゃないだろう、俺が」
「ついでに猫殺しくんとお前の分も買っていこうかな、猫殺しくんは栗もなかが凄く好きだって言っていたねお前は?」
「俺は自分で買うぞ」
 ふふ、と横で笑えば布の俺がおかしいことはしてないが?と言いたげにこちらを向くが、長義が目を丸く開けている。
 表情が豊かな個体が話してると自分と同じ顔が本歌の山姥切と話しているにもかかわらずあまりにも面白い。
 その長義に気づき、首を傾げると、そういえば、と話し始める。

「極めた偽物くんは、どれが好きなのかな」
「あっいや、俺は味覚に自信がなくてだな…」
「でもここに居るのはなにか理由があってきたんだろう?ここの甘味処は美味しいと政府では有名だったところだよ。そちらの俺も好きで、政府にいた頃、俺は道案内したことが何度かあってね」
 荷物を置かせてもらうね、と店番をしていたのであろう時計の付喪神に声をかけてからゆっくりと手に持った荷物を下ろすと、もう一度俺に話しかけてくる。

「えっと、うちの本歌に菓子をやりたいんだが…俺は何が美味しいのかわからんくてな…」
 困っていて、と言えば横に居た布の俺がはっ!と閃いた!という顔をする。思えばこの布は結構表情が豊かである。
「極、そっちの本歌はぷりんとやらが好きだ。この店だとそのぷりんの上が焦げたものが1番好みだって言ってた。前にあんたの本丸にいた時にあんたにもこれ買ったと思うんだがあんた、あれどうしたんだ」

 そう言えば、この国広が以前預かった時に世話になったなどと言ってプリンを寄越してきたことを思い出したが、食べた記憶がなく、本歌がプリンをめちゃくちゃ食べる羽目になったと本家から帰ってきてぼろっぼろになった俺に怒ってたことを思い出した。
 怒ることのない本歌が悲しい顔して怒ってきたことなので覚えている。
「あれか、あれはあの後本家に連れられている間に本歌が消費してくれたみたいなんだがな」
「それなら、このぷりん、二つ買って一緒に食べたらどうだ。あの本歌はあんたと食べるのであれば何でも喜びそうだが…」
「一緒に食べることは全く考えてなかった…」

「君のところの個体の俺は甘いものがすごく好きだったね、だったら、ついでにうちの猫殺しくんが好きな栗もなかもどうかな。丸ごと栗がひとつ入っていて絶品なんだよ。君のところの俺はきっと好きな味だよ。確か彼は大食いなはずだからぷりんひとつでは足りないように思うけど」
 手際よく最中とどら焼きとラムネとプリンを袋に包んでもらった彼が時計の付喪神に手を伸ばして金を渡している。
 あっ、と大きい声を上げて袋を持った長義になんであんたが払った、となどと引っ付いてる俺の姿があまりにも滑稽でありふふ、と笑うとお前が騒ぐから極めた偽物くんが笑うだろう、と菓子の袋を布の写しに持たせ自分は米の袋と調味料の入った袋を担ぐ。

「重そうだな、お礼にそっちの本丸まで担いで行ってやろうか?」
 そう呟けば長義はとと、と寄ってきて俺に耳打ちをするように小さくつぶやく。
「いや、俺は実は怪力の個体でね、全く重くはないんだ」
「…それは…、バグなのか?方向音痴とかはらぺことかではないのか、副作用は」
「…俺のはバグじゃないよ。基準値内だ。それに食事はちゃんととれるし、味覚もちゃんとある。ただ、俺は少し瘴気に弱い。そこのうちのよく転ぶ写しが瘴気に酷く弱いのは俺が原因らしいから、きっとお前が味覚が個性的なのはそっちの俺が極度の方向音痴だからなのだろうね。じゃあ、そっちの俺によろしくね偽物くん」
 荷物を軽々と片手で持つ後ろ姿は完全に怪力の俺と同じようなものであり、布の俺は知らないのであろう、彼の周りを荷物もうひとつ持たせてくれ頼むからとちょちょちょ、とその周りを動き回り長義に空いた片手でゆっくり歩け、と布を捕まれ静止されていた。

 プリンと最中を片手に本丸に帰って来れば、第3部隊がすでに帰ってきていたらしく、風呂から出てきたのであろうタオルを首にかけた本歌が歩いてくる。
 彼は出陣から帰ってくると残った力で猛スピードで風呂場に直行するので出陣から帰ってきたあとで間違いないだろう。
 そしてこの本歌はおそらく腹が減っているだろうから、このまま見逃せば彼は部屋に戻ることなく迷子になりそうである。
 ほかほかと顔をうっすらと赤く染めた綺麗な顔は俺を見るなり近づいてくる。

「おかえり本歌、お疲れか、部屋に連れて行ってやろうか」
「…助かる。おかえり、国広の。そうそう、部屋に遠征先で買ってきた饅頭があって、その、お前は腹は膨れてるのかな」
「…俺もあんたに食って欲しい菓子を今この手に持ってきているのだが、あんたはもちろん腹は空いているのだろう」

 まるで双子なのかと言わんばかりにまた被る行為が面白くて、思わず目元を緩ませると、本歌は優しく笑うのだ。

「腹はとても空いているよ。ありがとう、一緒に食べようね、国広の」