Cage-Fukuiku-084-031


迷子、迷子な迷路道中


 朝、腹が減って起きるのはもはやいつもの事で、今日はふと自室で自分の髪がとんでもないほどの寝癖がついていることに気づき、やっと覚えた洗面所まで来れたまではよかったのだ。

 いつもならこの毛質かわからないが激しい頭の寝癖は急いでる時でなければ部屋で整えるのだが、今日の予定は出陣だった気もするし、隣の部屋の爆睡する極めた写しも共に同じ部隊での出陣だった気がして、早く起こさねばならなかった。
 寝起きの悪い写しのことなのであと5分、は何度とやらかすだろうから自分が服を整えて朝餉を腹に詰め込む作業に時間がかかると思い、早くに目が覚めたのをいいことに洗面所まで来れたのだ。
 朝早いだけあって廊下で誰ともすれ違うことも無く、この激しい寝癖を見られることはなく、本当に良かったと思いながら、頭は直しきったのだが。


「…やってしまった…」

 ここがどこか分からない。

 まだ空が三日月の瞳のような朝ぼらけの時刻。
起きているとしたら歳のいった刀ぐらいだろうか。
部屋に発信機すら置いてきたので爆睡しているであろう写しに助けを求めることすら出来ない。


 この本丸自体が迷路化していることは監査官をしていた時に送られてきた本丸の資料を見せられたことがあり、知っている。
 ここに来る前に何度も本丸の地図を見たものの、元から迷路のような要塞だったのに、審神者の体調に合わせてさらに迷路化するなんてふざけた話があるものか、と憤慨した記憶がある。
 記憶力には自信はあるが自分は霊力異常のツケで方向音痴で場所の把握が先ずできない。
 先程までは洗面所にいたし、歯も磨き、頭も整え、いつも通りの完璧だ、と思ったのだが、自分でも情けない話でもあるが、自分が方向音痴だということをすっかり忘れてしまっていたのだ。


 特性が強すぎる個体でどうしようもない。
 こんなところで迷って本霊に帰れなかったらどうしたらいいのだろうか。
 もういっそずっと政府にいて戦っていれば良いのか。


 それでも自分があまりにも方向音痴すぎるのを不憫に思ったのかこの本丸ではたくさんの刀が協力してくれて元々分かりにくかった廊下にはこの時はここに通じてるだのの書かれたこの本丸独自の案内図を用意してくれているのだが、どの案内図にもこの時間のこの迷路の本丸は載っていなかった。
 この時間はこの本丸でも起きている刀が少なめだったのか。
 いや、そもそも初期刀の国広が霊力を深く眠ることで補充する為朝が酷く弱いということ自体知らぬ刀の方が多いので、一体こいつは俺が来るまで誰と朝餉を共にしていたのだろうか。

 堀川の方の兄弟と同室だったという話も聞いたことがないので、きっと出陣の時はさぞかし大変な思いをしたに違いない。

 2番目に古い刀の薬研藤四郎が。

 うちの写しと薬研は共に出陣をしていることが多いので、きっと大変迷惑をかけたであろう。
今でも迷惑をかけっぱなしではあるだろうが。

 そういえば、国広は、俺が来るまでは朝餉を食べていたのだろうか…?

 味覚が悪い為、審神者か自分が定期的に体に入れる味覚のための霊力からしか味が分からない刀だ。そもそも自分から食べ物を食べると言う意思がなく、眠ればなんとかなると思い込んでる節のある男である。
 確かにここに配属されて間もない頃に、腹が減ってしまい、横の部屋の扉を叩いて爆睡する写しを叩き起して、寝起きが悪すぎて途中で寝落ちた写しを担いで歩いて迷子になり、途中で目が覚めた写しに呆れられながら食堂に辿り着いた記憶がある。
 あれは今思えば悪いことをしたなとは思うが、ちゃんと食べ物を食べてる姿を見ないと少し不安にはなるのだ。

 この写しが政府の方で預かられていた時からそれは変わらない。

 そんなこともあったな、と思いながら歩いてみれば、演練場の方に着く。
 …どうも部屋とは真逆な気がする。


 誰かの気配を辿れば戻れる気もするのだが、そんなことをすれば元々腹ぺこである自分が餓死しそうな気がする。
 方向音痴は方向音痴なのだが、自分が知ってる霊力を辿ればその刀の元へは迷いながらは辿り着ける。俺は他の個体に比べてもその能力が特に秀でている。方向音痴だからかもしれない。
 腹が膨れていれば迷わず写しか猫…南泉の気配を辿って戻っているのだが、自分はよく消費する方の体をしているため夜に沢山食べようが朝には腹が減って目が覚めてしまうぐらいなので、残念なことに朝である今は腹が空いている。それにこの能力は腹が空いていない時にしかじっくりは使えない。集中力が足りないのだろうか。
 顕現した刀剣の数以上に部屋があるとは言っていたが、この屋敷は広すぎる。
 流石は迷路御殿と言ったところか。

 はぁ、腹が減った…と大きく溜息をつき、これは出陣までに自分の部屋に辿り着けるかすら怪しいな、と自分の方向音痴さを呪ってみても仕方はない。
 こんなことになるなら、写しを叩き起して呆れられながらも髪を直すのを手伝ってもらえばよかった。



 そういえば、自分よりも早寝遅起きの国広の髪が自分のように飛んだり跳ねたりするような寝癖がついた姿を俺はまだ見た事がない。
 金色の真っ直ぐな髪がぴょこぴょこ跳ねているのは頭の1番上の所謂アホ毛と言うやつだけで、他はストンと落ちている。
 なんだったら彼が、風呂上がりにそのまま部屋で布団を敷くことも出来ずとりあえず頭だけ自室に突っ込んだ姿で寝ているのを見て驚いたことがある。
 運良く風呂へ行くタイミングが合った国広を挟んで隣に部屋にある南泉と発見した時は俺はこの世で出したことのない声が出て、隣の南泉は猫を踏んでしまったかのような、にゃ!という声をあげていた。その時にそのあまりの情けない姿に、思わず抱え起こしてもその綺麗な金色の髪には何の癖もついてなかったので、自分とは全く髪質が違うのかもしれない。

 ちなみに言うまでもないがその日は寝起きが悪すぎて体を起こしてやったはいいものの、朝まで目を覚まさなかったのだが。

 髪が濡れたまま寝てしまっても癖がつかないなんて羨ましいにも程があるが、きっと彼のことなのでとんでもない寝癖がついていようが直さず内番をして乱藤四郎か加州清光あたりに直されていそうな気もする。

 考えながら歩いていれば今度は宝物庫という名の広い資料室。
 俺だと一人ではまず辿り着けず、仕事仲間の長谷部が居ないとたどりつけない。この場所を年代順に整頓したのも写しだと言うのだからこの本丸において彼はなくてはならない存在なのだろう。
 なんせ、この迷路の本丸が、審神者の体調によって変化しようと目的の場所に最短で辿り着けるほど、この本丸を熟知した刀なのだ。

 いい加減、部屋に帰らせてはくれないだろうか。
 朝の散歩にしてはいい運動な気もする。
 いい加減誰かにすれ違いはしないだろうか。


 そう歩いていれば薄暗かった空は明るくなってきていて太陽が少し顔をのぞかせ始めた。
 窓から見えるそれが眩しいものの、自分がいる場所をやはり把握は出来ず、せめて迷うのが昼間であったらこんなことにはならなかっただろうに、と少し悔しがるしかないのだ。


 相変わらず時の政府の建物は変わった建物が多い。


 自分が知ってる限りでは、この本丸は元は全てが演練場だったと聞く。
 これだけからくり屋敷のような作りであればそれはそうだろうな、と納得はできる。
 この間、実験用96の本丸から霊力が最低値を下回った身体も記憶も霊力もその身全てがボロボロで、布を被った極めていない山姥切国広の個体を預かったが、実験用96「歪んだ箱庭」の本丸は片方はずっと夜で片方は日が昇ったり沈んだりすると本人は言っていたので、うちの本丸以上に妙な本丸が存在するのは確かなのだろう。


 はて、その偽物くんは今はどうしているのだろうか。



 明け方のためまだ仄暗い廊下をゆっくりと歩いてみれば、誰ともすれ違わない。
 同じ場所を何度も行き来しているような気もするのに、違うところへたどり着いては、出口を探す。

 はあ、腹が減ってしまった。どうするか、
 腕を組み、壁によりかかり、案を練ろうにも腹の虫の合唱は少しも止まず、賑やかでそれはそれはいい事だ。
 今日の朝餉はなんだろうか。


 いや、むしろ朝餉は食べられるのだろうか。


 長い廊下をずっと歩いてはいるが、まだ朝も明けそうな頃。
 黄昏時のように暗い箇所があり、それはそれで何かが出てきそうだな、とも思いつつも、見なかったようにして、できるだけ曲がらず歩いてみていた。

 静まり返った大きな屋敷は自分を自分の部屋へ戻してくれそうにない。

「…国広、」
ぼそり、と無意識に考える間に何度も出てくる写しの名前を呼んでみては、まあ、届かぬ声量、こんなもので迎えには来てはくれないだろうなと笑い、廊下を歩く。
「国広、」
 届かないであろう相手の名前を何度か呼んで、少しの寂しさに心が詰まる思いをしていることに気がついて、先程とは違う笑いが出る。


…きっと、何度呼んでも届かない。

「本歌」
「ひょぁ」
 小さい声で自分を呼ぶ声が横から聞こえて、はっ、と振り向くと暗がりから、布を引きずりながら目を擦り歩いてくる自分の写しが見える。
 極めた個体になってからも内番の服では布を被っているが、まさか自分の大事な布を引きずりながら目を擦ってる写しが暗がりから出てくるなんて思わず素っ頓狂のような声が出てしまった。

 暗がりから出てくるなんてこの間大般若に見せられた何百年もの前のホラー映画を思い出すぐらいには怖いことをされると俺は山姥切なので本体を召喚しかねないぞ、と口から出そうにもなるが、目を擦りながら眠そうに歩いてくる写しに少しほっとする。

 この場合はこういうシチュエーションが怖くなってしまった原因の大般若を叩きに行った方がいいのか、それとも目の前に現れた夢うつつな写しをどついた方がいいのか判断に迷う。

「お前ね、布を引き摺って歩くのは、良くない。洗うのが大変になってしまうだろう…ここで会えてよかった」
「…あんた、発信機置いて行っただろう…あれの目覚まし時計、本当にうるさかったぞ」
「…目覚まし…?ああ、そうだね、確かに設定した記憶はある…」
「どこか行くなら、発信機を持っていけと俺は、あんたに何度か言ったぞ、この、方向音痴迷子本歌」
「…それに関しては済まないと思ってはいる」


 とんでもなく小さい声でゆっくりと喋る国広は半分寝ているような感じに見えるが起きているのだろう。
布をふわりと床に置き、片手に持った発信機を俺の手を掴み握らせ、眠そうに開いた翠色の目で俺を見る。

「ところで、なんで俺がここにいるのがわかったのかな」
 発信機を握らされて国広の顔と手元の発信機を交互に見つめながら、国広に問いかけるが、眠いの限界に来たのか、目を半分閉じかけた状態で俺の腕を引っ掴んでくる。
 驚くことに眠そうにしてる目の前の写しの手が少し冷たく、そういえばこの刀は食事が少食で少し体温が低めだったことを思い出して少し不安になった。

「…あんたがどこで迷ってても俺はわかる」
「…なんで」
「もう少し寝させてくれ、出陣まで時間があるだろう。勝手に迷っていなくならないでくれ」
「だから、どうしてわかるのかな」
待てと言わんばかりに足を止めては見たが、よく考えたら布が制御装置なので、それを被ってない国広は怪力のバグが作動してるので下手すれば彼の腕の力に俺の全身の力が負けて体当たりするのだ。


 そう、考えた通りに本当に国広に体当たりをしてしまい、その衝撃に驚いたのであろう彼が振り返り大きく見開いた翠の目で俺を見る。
 痛くなかっただろうか?などと焦りながら、繕うようにもう一度、なぜかな、と問うてみる。
自分が山姥切長義である故の高慢さが出てしまった気がして少し罪悪感を感じた。
「あんた、俺にこないだラムネ食わせただろ。それであんたと同じように辿ればあんたが俺に食わせたラムネに入れた霊力で場所がすぐわかる。強い力で掴んでしまっていてすまなかったな。体は痛くなかったか」

 なるほど、そういうことか。と納得すれば体の力が抜ける。
「…いや、痛くは…。…迎えに来てくれてありがとう」

 ふ、と笑えば、眠そうな写しが、小さく笑い、手を強くない力でくい、と引くので、その手を一旦離させ、せっかくだからと握ってみたら、国広は少し驚いた顔をしている。
 ぎゅ、と握ってみると、目の前の写しは目を細めて笑った。
「…あんたは手が暖かいな、朝は冷える。早く部屋に戻ろう」
「そうだね、今日も少し寒い」


「…あんたが何度迷っても、俺が何度あんたから離れようと、俺はあんたの元へ帰ってくるから」
「…国広の」


「なんて、呼んでもらえて嬉しかっただけなんだ。あんたは迷惑かも知らんが」
「それは、本当に守ってくれないと困る約束なんだよ…国広」


 ぐ、と握られた手に力を入れて国広を自分に引き寄せて顔を両手でむにっと挟む。驚いた国広が大きい目をまん丸に開けて自分を見つめる。
 そのまま両手で頬を揉むようにむにむにと動かすと無表情ではあるが頭のアホ毛がぴょこ、と動いた。

「本歌」
「お前が居なくなったら、自分が迷子になっても、何度でもお前を見つけに行くよ。だから、何があっても俺を忘れないでくれないかな」
「…ああ、今度は、努力はする」

 どことなく自信のなさそうに頷いたそれの顔から手を離すと、手に持っていた布をばさっと被り顔を隠すようにスタスタと歩き始めるので、慌ててはぐれぬように布を掴むと布じゃないとこにしてくれと言われ、空いた手をもう一度握る。

「何度も俺を見つけてくれるんだろう?」
「勿論。でもね、国広、腹が減っていてはどうしても集中が出来なくて探せない。それは許して欲しいかな」
「今じゃない、これからも」
「…当たり前だろ。ましてや他の本丸の俺に連れ去られるのは俺は絶対に嫌なのでいい加減政府からのお願いであろうと断って欲しいけどもね」
「…それが出来たら…」
「まあ、苦労は…しないかな」


 ゆっくりとその柔らかな手の感触を味わいながら歩幅を合わせて歩く。朝日がのぼって、2振りの影を壁にうつして、柱で消えては自分たちとともに一緒に歩く。
 眠そうにしていた国広が布を引っ掴んだまま顔を隠しているので、覗き込むようにしてみるとちらりとこちらに視線を向けてくる。
「……そうか、あんたが来た時には俺は修行から帰ってきていたな。珍しいか?この姿が」
「…いや、俺にとっては懐かしい姿、かな。お前は覚えてないのだろうけれど」
「…政府にいた時の話か、すまない。断片的にしか…」


…元々覚えている方がおかしい話なんだが、とは言い難い。


 その記憶を、ここの初期刀となる時に忘れさせたのは自分で、その事はこの国広は知らないのだ。なぜ、断片的でも覚えているのかは気になるところだが、それも聞くべきでは無いのだろう。

「でも、この本丸で監査しに来たあんたに初めてあった時は初めてな気はしなかったんだ、変な話だろう」
「俺は、あの時、お前が、通された広間の、隣の手入れ部屋からボロボロの状態で床を這って出てくるとは思わなかったけどもね。いくら監査官を近侍が出迎えると言っても限度があるだろうに」
「下から見たあんたの目はあまりにも藍色で綺麗だったから俺もそれは覚えている。あれは、その、まあ理由があって瀕死になってたものだから、その、驚かせてすまなかったな」

 横の写しは、はは、と笑うのだが、俺の中でその時の記憶は1番のトラウマだよ、とは言えず、何か上手く繕う方法さえも見つからない。

 気がつけば暗くて長い廊下を抜け、朝日の落ちる自室の前の廊下まで来ていた。
 太陽はもうあんなに高く上がっている。いつの間にか布を頭から外した前を歩く国広の髪が金に輝いて眩しくて目を細めると、ついたぞ、と一言言って彼が振り返る。

「…あんたの髪は銀色に輝いて眩しすぎる。目に優しく無さすぎて、もう1度なんて眠れやしないな」
と、自分が思っていたことと似たようなことをその口から漏らす。

 高く登る太陽が青く透き通った空に浮かぶ。
 その光を受けた目の前にいる煤けているような太陽も眩しすぎる。
 この目の前の煤けているようで眩しい太陽が、沈んで、溶けて、居なくならないでほしい。
 ああ、綺麗だな、と笑えば、ああ、今日もいい天気だ、と顔を逸らすお前が、俺を一番最初に探してくれたことは嬉しいことだよ、と心で呟く。


「…本歌、朝餉が気になるんだろう。今日は堀川の兄弟が当番表に入っていたから、せっかくだからと思って昨日夜仕込みを少し手伝ったんだ、だから俺は何が出てくるかわかる」
「へえ、それは…でもそれは言わないでくれないかな。楽しみにしているんだ」
「それはよかった。実はそれで少しだけ遅く寝たから目覚まし時計で起こされた時は起きないでおこうと思った。だけどあんまりにも止まらないからと思ってあんたの部屋覗いたら居ないから思わず布片手にあんたの気配を追ったんだ」

「それは…悪いことを…したね…」
「いて良かった。この本丸、たまに変な空間と繋がるからあんたが居なくなったことがとても、不安になった、それだけなんだ。すまない」

 溶けるように笑って、あの空間に閉じ込められるのは俺一人で十分なんだ、と小さく呟いた彼の言葉が気になり、問おうとしたところで、奥の廊下から割烹着を身に着けた堀川国広が兄弟起きれたの、偉いね、ちょっと手伝って欲しいな!と言いながら現れ、彼がああ、わかっ…まで言いかけたところで肩を掴んで引き摺って食堂の方面へと向かっていく。

 引きずられてく国広が俺に、後で迎えに行くから部屋にちゃんといてくれ、と大きい声で念押しをしていく。

 迷子になるのは懲り懲りなので、大人しく、部屋にいよう。
 手伝うのは悪くは無いが姿がもう見えないのでまた迷子になってしまいそうだ。


 …空間に閉じ込められる、の意味も少し調べたい所ではあるかな、と部屋に入り、扉を閉めた。