Cage-Fukuiku-084-030


それは、それの話。


思うようにいかないけれど、それはそれ。


「ごちそうさま…」
 かたり、とフォークを机に置き、手を合わせる。
目の前にある燭台切光忠が作った見た目も味もボリュームも最高のデザートは1口2口分しか減っていない。
元々少食である目の前の写しには大変多すぎる量だったのか、2口食べて、まじまじと生クリームとフルーツの盛られた大きめのパンケーキを眺めてから手を合わせるのだ。



「お前はそんなに少食だったかな国広の」
 不安になるほど食べない刀ではあるが、最近はさらに食べられなくなったのか、普段の食事も茶碗にその量は流石に減量していても少なすぎるだろうという程の米しか盛らず、ひと切れの卵焼きをさらに半分に割って、一欠片しか食べず、ごちそうさま、と言って横に座って食べている大盛りに盛られた俺の皿に残ったものをちょこちょこと乗せ食器を片付けることが多くなった。
 燭台切光忠が心配になったのか沢山のせた卵焼きをひと切れの一欠片を食べて満足した国広が俺の大食いのため元から山ほど載せられてる卵焼きの乗った皿にちょんちょんと手早く乗せていくのでおい、やめろ、ちゃんと、食えのどの一言も言えない。


 毎度である。これが最近毎度。




「朝食の、茶碗の米の少なさと彼のせっかく作った卵焼き1切れの半分だけというのも気になるんだけれどもね、国広の」
「入らないんだすまないあとはあんたにあげるから食べてくれ」
 と早口で喋り、すっ、と立ち上がり自分が使ったフォークを持って横を通って去ろうとするので、通った後に残った布を後ろから引っ張って止める。
 がく、となったのか振り返って俺の顔を見るが、目を合わせようとしない。



「お前、前より食べなくなっているだろう」
 ぐい、ともう少し力を入れて布を下に引き座るように促すと観念したようにすとん、と俺の前に座ったので、逃げられないように布と腕を掴む。
 心做しか前から少し腕が細くなったな、とは思っていたが実際掴むと確かに細くなっていて、なんだったら目の前の写しが少し縮んで見える。
 恐らくは身体がだいぶ細身になっているのか着ている赤色の内番の服も大分ぶかぶかとしている。


 確かに自分はほかの個体よりも少し大きめ、この目の前の国広の方はほかの個体と同じ程度の身長しかないから小さく見えるのは小さく見えるのだが。
「そんなことは、ない、ちゃんと食べてる、その、腕を離してくれ、本歌」
 目を合わせようとはせず、俺の手元が自分の腕と布をつかんでいるのが気になるのかそこを凝視している。
 目の下に深いクマがあるのも確認したので、これは確実だとは思うが、おそらくはこの写し、眠れてもいない。
 自分は食べ物をそんなに食べない分、眠ることで霊力の補充をすると本人が言っていたので、間違いはないと思うが、霊力異常で暴発するぐらいある霊力がだいぶ削れているよう感じる。

「…腕を離したらお前はすぐ逃げる」
「あんたは機動がおかしいんだから俺なんかすぐ捕まえられるだろ」
 話をそらそうとしてるのが見え見えで、頭が回っていないのであろうこの写しはどうしても俺の腕が気になるようでずっと見ている。
「国広の。」
 ぴしゃり、と叱るように彼の名を呼んで、彼のふんわりとした意識を戻させる。
 じっと腕を凝視していた目線をおずおずと上の方に上げてきて、空を映した海のような目がこちらを覗いてすぐ視線を下げる。
 腕から手を離せば立ち上がろうとしているのか手を地に着けたのでそのまま国広の顔を両手で包み込むようにつかんで自分の目と視線を合わせさせる。
「ぅわ」
「いつから寝てない」
 決して強くはない力でも、この赤疲労の写しには十分すぎるちからだったのか、浮かせた腰をぺたりと床に着けたまま俺の目を見つめる。
いつもの怪力はどうした、とも言いたくはなる。
「ぁ、えっと、その、覚え」
「食べ物も食べなければ寝もしないなんて、自分の身体のことをもう少し考えたらどうだ」
「ほ、本歌」
「…味覚が、無くなってるんだろう」

 かち、かち、と時計の秒針が動く音が聞こえる。
しんとした部屋に響くのは時計の音と自分の高鳴る鼓動。
 知られたくはない、迷惑は掛けたくなかったのだ。
俺の顔を掴む本歌、山姥切がその藍色の綺麗な目で俺をキッと見る。
 近くで見るとやはり顔の造形から全てが美しく、やはり写しの俺などとは比べ物にならないぐらい美しい刀で、思わず息を飲む。
 目を合わせないようにずっと彼の腕を見ていたのだが、それを悟られた挙句、この状態になってしまった。



 確かに俺は、最近なんの味覚もない。


 何を食っても砂の味、何をかんでもノイズの混じった歯触り、舌触りで食べ物を受け付けないからだになっていた。
 こればかりは自分の抱える霊力異常のツケであり、元から持っていたものである。味覚を補う霊力を貰わなければ文字通りの砂を噛む毎日になってしまう。
 以前は主に分けてもらってはいたが、最近は分けてもらってはいなかったのだ。
 徐々に醤油をかけすぎていて近くに座っていた堀川の兄弟に、兄弟、ちゃんと味覚見てもらった方がいいんじゃない?と言われて兄弟の横に座るのを避け、部屋が隣同士で睡眠で霊力を補充するために寝起きが悪く、朝の弱い俺を起こしてくれる長義の横に自然を装い座り、長義が口に食べ物を運んだすきに自分の皿から同じ量を移していたことすらきっとバレているのだろう。



「あんたはどうしてもごまかせないな…」
「そもそも誰も誤魔化せてないと思うけどね、お前の兄弟が心配していたのを聞いているし、こないだ薬研藤四郎がお前の茶碗の米の量見て少なすぎて目を見開いて驚いていたよ」

 ふぅ、とため息をついて俺の頬を両手でもにゅもにゅと揉み、ぎゅう、と力を入れる。
 手袋越しの長義の暖かい手が心地がよく思わず頬が緩みそうになるが、長義は眉をひそめたままもにゅ、と揉んでくる。
 この長義の手は暖かいのだ。なんだったらこの刀は俺よりも体温が高めな気がする。
「味覚がないのはわかった。でも眠れてないのは何故なのかな」
「眠れてないわけでは」
「最近朝起こしに行くと起きているのが不思議だなとは思っていたのだけれど、眠れていなかったんだね」


 顔を掴まれていては逃げられないし、長義は俺を逃がす気は無いようだ。
 足で布を踏んで逃げられないようにされていることに今更気づき、手で布をぎゅっ、と引っ張ると足にさらに力を入れて逃れようとする行為すら許してくれない。
「寝る体力も無いのではダメだと思うのだけれど」
「う」
 頬を揉む手が片方消え、彼は黒くて金のラインの入ったズボンのポケットから小綺麗な瓶を取り出した。
中には小さくてカラフルなラムネが入っている。
 カラカラ、と音を立てると、もう片方の手も使ってラムネの入った瓶を両手で抱え込む。
抱え込むと濃い藍色の光が一瞬見えて、普通のラムネに戻った。
 何をしているのか、と思いながら長義の手を見ているとおもむろにびんの蓋をこぽんと音を立てて開ける。


「よし、手を出してくれ」
「…それはなんだ、ラムネであってるのか」
「ああ、普通のラムネ…君にはこれを全部食べきってもらう」
「やめてくれ、せっかくのラムネ、舌が悪いのに食べたくない」
 カラカラ、と音を立てて出そうとするので首を振ると1粒手のひらに取り出して畳に付けたままの俺の手を取り1粒乗せてきた。
話を聞いているのか、と怪訝な顔をすると、長義は早く食べろと言わんばかりに手に握らせてくる。


「ほ、本当に食べるのか」
「それ万事屋の横の、甘味処のラムネでね。お前は食にはあまり興味はないだろうから食べたことはないだろうけれど」
「そんな、高そうなもの、味覚のない俺に全て食わすのか」
「…食べてもらわなきゃ困る、と言えばお前は食べてくれるのかな?」
 恐らく食べるまでは逃がしてくれそうにない長義が布を膝で押さえ込んだまま、にこ、と笑うので大人しく手に持った1粒を口に運ぶ。
ノイズのかかった味覚では味は全くない。きっと美味しいはずなのに残念極まりない。



 口の中に入れればすぐ解けたはずなのに、ざらりと感触が残る。



「…やっぱり今食べるのは宜しくないぞ」
「さて、もう1粒」
「あんたな、話を聞いて」
「これ全部食べさせるって俺は言ったはずだけどね」

 また1粒持たされ、じっと見られているので、手に持ったそれをまた口に運ぶ。
 今度は砂のようなざらりとした感覚はなく、ラムネの溶ける感触がある。
 驚いているともう1粒、と言わんばかりに俺の手に握らせるのでまた口に運ぶ。



 今度はほのかにラムネの、柔らかな匂いを感じる。



 味覚の無いはずの俺にラムネを食わせて何をしたいのか分からず、また握らされた桃色のラムネを口へと運ぶ。
 ふんわりと甘い味がして、目を見開くと、目の前の長義が目を細めて笑う。



「美味しいだろう、苺」
ふふ、と笑ってもう1粒、と乗せてくる。
「あんた、このラムネ、本当に売ってたやつか?」
「ラムネは本当に売っていたものだよ、さ、ほら、食べてくれるかな」
 渡された色は黄色。おそらくレモン味であろうそれを口に含む。
 ふわりと溶けて、無くなったそれはとても美味しく、見た目通りのレモンの味でとろりと溶けて、喉の奥へと通る。
 恐らく美味しい、という顔をしてるであろう俺の顔を見て満足したのか、小さな瓶から直接俺の手に落とす。
 様々な色の鈴型のラムネが手の上に乗っていて、まじまじと見ていると、こぽん、とまた音を立てて蓋を閉め空になった瓶をポケットへ戻した。

「パンケーキはそれを食べきったらまた一緒に食べよう、さ、食べ切ってくれるかな」
「わかった、けど、これは本当に普通のラムネなのか」
「普通のラムネだと言っているだろう」


 お前は念を押す刀だね、と笑いながらパンケーキの横に置かれていた取り皿を広げて、自分の分と俺の食べられる程度の少量のパンケーキをわけ始める。
 本当に普通のラムネなのか、と聞いても確かに薬のような味はしないので、普通のラムネなのだ。
 しかし、なぜこんなに味を感じるのかわからないが、とりあえず手の上のラムネを一つ一つ味わって食べる。
 食べ終わる頃には最後に食べたのも苺味で、先程食べたものより味がさらにしっかりとするのを感じた。

 机の上には俺の食べさしになっていたパンケーキが俺が食べれる程度の量が生クリームとフルーツを乗せて別の皿に見た目麗しく綺麗に盛られており、さすが長船派の刀だな、と少し感心したが、長義の方も綺麗にもぎ取ったのであろう見た目が宜しく、長義らしい分け方をするものだな、と感心する。
「さて、ほら、座り直してもらえるかな。俺はだいぶ腹が減ってしまった」
「じゃあこれ全部…」
「それはダメだ、それでは意味が無い。さて食べよう」
 意味?と聞こうとした時には大きい口を開けて食べ始めており、本当に腹が減っているのだろうな、と見ていると口をもぐもぐさせながら早く口へ運べと言わんばかりに見てくる。
 またノイズの入った味だったらどうしよう、などと思いながらクリームを恐る恐る口に含むとそれはバニラの匂いのする甘い甘いクリームで、思わずうぉ、っと声を出して驚いて、長義を見るとしたり顔でこちらを見ていることに気がついた。

「…これ、味が…ある…」
「そうだね、甘い」
「あんた、あのラムネは普通の」
「ラムネは、普通だよ。ただ」


 長義が自分の皿に乗った苺をフォークで刺し、口元に近づけてふぅ、と息をかけると、赤い赤い苺が少し藍色に輝いてまた赤色の苺に戻る。
 その苺を俺に差し出してきたので思わず口を開くとそのまま差し入れてきたので口に入ったのを確認してから唇を閉じるとフォークだけを引き抜いた。
 もぐ、と噛むとそれはとてもとても甘く、熟した苺の酸味の効いた味がして、なぜだか体が少し温かくなる。



ああ、これは…




「…霊力」
「ご名答、俺の霊力だから多少は馴染むのに時間かかるかな、と思って瓶の中身を全部食べてもらったんだけども、案外早く馴染んでよかった」
 美味しい甘味をせっかく食べるのだから、味覚がなくて食べられないのなんて勿体ないだろう、と笑い、また大口をあけて目の前のパンケーキを減らしていく。
 本当によく食べる本歌の食べているのをみてから、またひとくち、クリームを口に運ぶと苺を食べる前よりもさらに甘く、とろけるような舌触りを感じる。



「…本歌、その、迷惑を…」
「迷惑はないけれど、味覚が無くなる前にぜひ俺に知らせては欲しかった、かな」
「ぅ」
「お前の事だから迷惑かけたくなかったから言わなかったんだろうけどもね、お前はここの初期刀なのだから、倒れる方がよっぽど迷惑なんじゃないかな」
「ぅ」
「ちゃんと食べて、眠って、いつも通り、茶碗を指で割るぐらいにならないと、皆は心配するだろう。…俺も含めて」

 フォークを盛られている苺に突き刺す。
 口に含めると広がる苺の果汁が体に染みる。
 美味しい。


 2振りの皿の上から食べ物が綺麗になくなったところでお茶持っていくのを忘れてるよ!と茶の入った湯呑みを持ってきた燭台切が、綺麗に食べ終わってるのを見て、あまりの感動で、大変だ!お赤飯炊かなきゃ!貞ちゃん!!!と大声で叫ぶ。
 ふは、と長義が笑えば、俺も釣られて笑ってしまい、手に取った湯呑みの取っ手をぽきっと割ってしまい、さらに長義に笑われる羽目になった。

 夕餉は本当に栗の入った赤飯だった。