宝石を吐きます。
致してません。
分家に戻ってからのお話です。
目が覚めれば、そこは自分の本丸。
薬研の顔が見え、う、と呻けば起きるな寝てろ!と布団に沈められる。胃の中の食わされた本家の長義の霊力が胃を抉り、また吐き気に襲われる。
蝕まれた体からそれを吐き出すように自分の霊力がそれを外に出そうとしてごぼ、ごぼと音を立てる。
吐き出せばまた、彼の目のような石を吐き出して、苦しい。
ふと、もがく俺を沈めようとしてる腕が薬研の腕でないことに気づき、頭に乗せられてい手拭いを絞っている薬研のいる方向ではない方を向けば、そこには、銀髪で藍色の瞳の俺の『本歌』がいて、もがいて苦しむ俺の体を優しく抑えているようだった。
よほど苦しそうに見えるのか、彼の顔はくしゃりと歪んでいて、そんな綺麗な顔を歪めないでくれ、と包帯が巻かれている腕を彼の顔に伸ばせば、彼が俺の手を掴んだ。
「どうして、お前はいつも、俺が、必ず遠征中に、本家に行ってこんな風に戻ってくるのかな」
彼の手は本家の本歌よりも暖かく、自分よりも体温が高い。
その手が俺の包帯まみれの手を掴んで、離さない。
「…すまない」
「そんな石吐きの病、俺が食べてしまえたらどんなにいいことか。国広の」
手を掴んでいた彼が俺を抱きしめるように布団の上から覆いかぶさる。
旦那、それは治ってからにしてやってくれ、手拭いを額におけんぞ、とはは、と笑う薬研の声が彼の体越しに聞こえてくる。
暖かい体温、心地よい彼の優しい銀木犀の淡い香り。
ここは自分の本丸だと、認識すれば、彼をどうしても汚したくない、と言葉を紡ぐ。
「あんたを汚したくない、そんなに抱きつかんでくれ、…吐きそうなんだ、本歌」
「…お前の胃の中の向こうの俺を食い出せればいいのに」
ぐしゃり、と歪んだ彼の顔を見たくない。
抱かれて淀んだ俺の体を見て、悲しむ彼を見たくない。
どうして、そんなに、悲しい目をする、と、
彼の綺麗な顔を指先でなぞれば、
…俺は悲しいんじゃなくて怒っているんだよ。
と彼は言って、俺を離してはくれない。
…俺が怒っている理由も彼にはわからない。
あんたが遠征に行っているときに行ったからか?などと、一生懸命嘔吐きそうになりながら紡ぐそれも見たくはない。
怒っているなら、離してくれ、とも言わない彼が、俺の腕の中で、俺の体温でうつら、うつらとしてきているので、そのまま抱きしめておきたいが、胃の中の「長義」を出してやらないとこのまま何日も苦しむと思うと思いっきり吐き出させてやりたい。
どうして、そんなに苦しもうとする。
どうして、それが俺の役割だなんて理解している。
そんなもの、お前の役割でもなんでもない。
勝手に役人がお前を資金源にしているだけなのだ。
お前は何も悪くない。
お前が、俺と同じ、「長義」に何度も苦しめられているのがどうしても許せない。
そんな俺など、刀解してしまえば良いのだ、と何度も政府に申した。
しかし、俺が貴重な個体であるように霊力異常で異様に打撃が高く、瘴気で淀みやすい本家の俺もまた貴重な個体で、解かすわけにはいかない、の一言で終わる。
だからって、その瘴気に歪んで溜まり過ぎる淀んだ霊力をわざわざ分家の山姥切国広に食わせることはないだろうと何度も言ったが、帰ってくる言葉は一つ。
「あれはそのための刀、そのための能力を持った個体」
ただそれだけなのだ。
審神者の刀で、審神者のためだけにあるために極めたこの写しを、そんなことに使うのは俺は許せない。
それ以上に、俺はこの写しがどうしても愛おしい。愛おしいからこそ、別の長義にでも抱かれるのが許せない。
そんな許せないことばかりで、感情が昂る俺を、嘔吐そうな彼が、ふふ、と笑って頭を撫でてくる。
はっと我に帰れば、苦しそうだが、穏やかに笑って俺を見ているのを見て、余計悲しくて、切ない。
「あんたは、感情が豊かだな、俺のことでこんなに怒って」
「…お前ね、わかっているのなら…すまなかった、抱きしめたままでは吐けないのだろう」
「…まだ、たっぷり胃に居る。全部吐き出すのには時間がかかる。汚れてしまうから、あんたは近づかないでくれ」
はは、と笑っていたが、ぐ、と苦しそうに顔を歪める。そのまま激しく噎せかえると血と藍色の石を吐き出してとまらなくなってしまう。
彼の体から生まれる霊力の石が彼を蝕む。
背中をさすれば、汚れる、から、と手を除けようとしてくるのが、たまらなく辛い。
吐き出した石を薬研が綺麗に洗ってくれている。
溜まりに溜まった石はどれも純度が高く、大きめである。
吐き出したことで、彼の気配が体から消えて、頭上に出た手入れ時間がゆっくりと動き出していた。
桶に水を張って、ぼちゃり、と入れてがしゃ、がしゃと洗う姿を見るのも何度見たことか。
「…ああ、旦那、目ぇ覚めたか。喉渇いたろ、水飲むか」
「…いつもすまないな、お前には迷惑かけて」
「んなことはない。迷惑だとは思ったことはない。吐き切れてるか?」
ずい、と吸い飲みを差し出され、そのまま口に当てられ、水を口の中に流し込まれる。
味覚があれば美味しいであろうそれにはノイズが混じり、液体を飲んだ、という気分だけで、眉をしかめるとそんな俺を見て薬研は眉を潜めた。
「旦那、前、長義の旦那がくれた味覚まで吐き切っただろ、それはちゃんと旦那に伝えてくれ」
「んむ、これ、なんか入ってただろうか?」
「水だけだが…旦那は味覚抜けると飲み食いしなくなるから困るんだ。少食なのはかまわんが、味覚だけはもらってくれ。体も治らんぞ」
俺たちは人の身なのだから、食事は大事だぞ、と吸い飲みを盆の上に乗せた。
眠ったことで向こうの「長義」に飲まされた薬の効果も抜け落ち、体は細くはなっているが、元の自分の肉体で。
手入れ部屋とは便利なものだが、出陣するよりも手入れにかかる時間が本当に長い。
出陣して重傷になって帰ってきたときの倍はかかり、しかも札が使えん!!!と薬研が嘆いていたことを思い出した。
「本当にすまない、いつも」
背を向けた彼に言えば、彼は、それ、俺が代わってやれたらいいのにな、と呟くだけなのだ。
「起きたのかな、薬研藤四郎、うちの偽物くんは起きたのかな」
散々迷ったのであろう本歌が迷った末に南泉を捕まえたのであろう、南泉とともに息を切らして手入れ部屋の扉を開ける。
「お前、ちゃんとここ、覚えろ、にゃ、この方向音痴野郎!俺は部屋に戻るからな」
「すまなかったね、猫殺しくん」
ちらり、と俺の顔を覗いて、目を開いているのを確認して、ほっ、としたのか長義に見えぬ位置で南泉がこちらに手を振っているのが見える。
本歌、と口から出せば、彼がぎゅう、と俺を抱き抱える。抱き返せなかった腕を彼の背に回してぎゅむ、とつかめば、彼の温度がとても心地よい。
「おかえり」
小さく呟かれたそれが、俺の心を満たして、壊れそうになっていたのを温める。
俺を満たしてくれる本歌はこの本歌で、どうしても汚したくない本歌もこの本歌で。
「…ただいま」
どうしても、綺麗な本歌をよごしたくない。俺のものなどで、よごしたくない。
ああ、愛しい本歌は綺麗だ。いつも。つよい。
ちりん。
ここで、ひとつの鈴の音が途切れた。